「届いたよ、今日やっと、届いたよ!」

実はわたし、連ドラのクドカンはめちゃくちゃ好きなのだけれど、

映画のクドカンは、監督作品にせよ、脚本のみにせよ、

どうも苦手でありました。



彼が創る世界の何処が好きなのかと考えてみれば、

エキセントリックな設定や異常に高いテンションのすぐ隣に、

すっと引いた第三者的な冷静さが同居している、というところ。

その風呂敷を広げるには2時間の映画は短すぎて、

エキセントリックでハイテンションな部分だけが目立ってしまう。

時間がたっぷりあるドラマだからこそ、彼の良さが生きるのではなかろうか。



いえ、そんな理屈は後付けだったのかもしれませんが、

とにかく「映画のクドカン」は肌に合わないな、と思っておりました。

よって、クサナギさんが出るとは云え、そこのところは覚悟して臨んだのです。



本日、公開から一週間遅れて観てまいりました、『中学生円山』。





結果。

良かった!

好きです、この映画。



なにしろテーマが「中学生の妄想」だし、

終盤の展開はどこまでが妄想でどこからが現実なのかハッキリしないし、

エキセントリックだし、パンクだし。

でも、一方で一歩引いた冷静な視点や、現実を見つめる温かさも同居している。

私の中で、「映画のクドカン」と「ドラマのクドカン」の境界線が消えました。



キャスティングも絶妙なんでしょうねぇ。

特に中学生円山の平岡くん。

このキャスティングを間違うと映画が妙に生っぽくなるし、

逆に白々しいものにしてしまう可能性もある難しい役どころだと思うんですよ。

平岡くんはとてもキレイな顔立ちなのに、中ニっぽいモッサリ感もあって、

しかもド田舎のそれではなく、あくまでも郊外の団地のそれなのです。

ふつうっぽいのに、タイトルロールを張るだけの存在感もある。

いや、ホント、平岡くんを指名した宮藤監督は鋭い!と思うよね。



そして謎のシングルファーザー下井@クサナギツヨシ。



現場で主演俳優を「けっこうほったらかし」にしていた理由について、

監督が「(下井の行動について)なんでですか?と訊かれても

説明するのが難しいから、訊かれると困るなーと思って避けてた」と

いうようなことを言っておりましたが、

なるほどなるほどなるほど(3回言った)。



わたし、思うのです。

クサナギツヨシは、こういう理屈だけでは理解不能な役柄でこそ

その力や可能性を発揮できる役者なのではないか、と。



下井という男の腹の底に沈んだ澱は、

何かの拍子にほんの少しだけヒラヒラと浮かび上がる。

そして、強く掻き回されると一気に表面を濁らせる。

その「加減」を理屈で理解するのは難しいけれど、

感覚で理解することはできる。

おそらく、クサナギツヨシはそういう理解の仕方で動いた時に

他の誰でもない唯一無二の人間を創り出せる役者なのでしょう。



なんというか、宮藤官九郎がクサナギツヨシを

そういう位置づけで見てくれたと思うと、すごく嬉しい。

映画終盤で鼻の奥がツンとしたのは、そんな想いもあったからかもしれません。



ま、それもこれも私の妄想かもしれませんけども。

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